波佐見焼より陶芸ヤマセオリジナル商品三股青磁「葉山」

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三股青磁葉山とは?
オリジナルブランド葉山

波佐見焼発祥の地から生まれた三股青磁「葉山」

波佐見で磁器が焼き始められてまもなく、波佐見焼「青磁」が焼き始められました。20年間という短い期間ですけどその当時、肥前で最高の波佐見焼の技術をもって造られたものだと思います。

波佐見焼「青磁」とは透明なガラス質になればとてもキレイですけど、土と釉薬が合わずに割れてしまいます、また透明になればなるだけ流れてしまい割れてしまいます。これは昔も今も同じで綺麗な青磁を出そうと思えばとても難しいと言われている波佐見焼なのです。また、有田焼の窯元「陶芸ヤマセ」では、プレゼントに最適なオリジナル商品の作成も承っております。

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三股青磁葉山

 

三股青磁の特徴

  • 波佐見焼「青磁」の釉調は水色に近い透き通った色合い
  • うつわの表面にヘラ彫り、線彫りで草花の文様を流れるように掘り出している
  • 牡丹や梅樹の形を貼り付けた細工物など
  • 銅の絵の具で皿の縁を巻き、赤く発色させたものもある
  • 高台の内側を錆(褐色)の輪を巻いたもの多く見られる

波佐見焼の歴史

波佐見焼の深く長い歴史について


波佐見焼の歴史は以下の1〜5の段階に大きく分けられます。

1

波佐見焼のあけぼの (1590〜1610年代)

下稗木場窯跡出土品
下稗木場窯跡出土品
波佐見焼の始まりは1590〜1610年代で、この段階は陶器のみを生産していました。陶器は原料が粘土であり、約1000℃ほどの温度で焼いた焼き物が波佐見焼です。下稗木場窯跡(稗古葉)がこの段階の窯跡で、波佐見において最も古い窯跡と考えられています。波佐見焼は今から約400年前、陶器の生産で幕を開けました。
2

磁器の誕生 (1610〜1630年代)

古皿屋窯跡出土品
古皿屋窯跡出土品
1610〜1630年代には磁器の生産が開始されました。磁器は陶器と違い磁石という石であり、約1300℃の温度で波佐見焼は焼き上がります。畑ノ原窯跡、古皿屋窯跡、山似田窯跡(村木)があり、いずれも、文禄・慶長の役によって連れて帰られた朝鮮李朝の陶工が深く関わっていたと考えられています。
3

青磁の時代 (1630年代〜1650年代)

三股青磁窯跡
三股青磁窯跡
三股青磁
三股青磁
三股青磁
三股青磁
寛永14年(1637年)佐賀藩の有田・伊万里でえは、藩による窯場統合によって、陶器生産を主体とした窯が廃止され、以降は磁器の生産が主流となります。大村藩の所領であった波佐見もほぼ同様の動きを見せ、1630年代頃には本格的な波佐見焼の磁器生産を開始します。
1630年代〜1650年代、有田の窯では、染付を多く生産し、また、色絵も焼き始めていますが、波佐見の場合、青磁を中心に生産していました。当年代を代表する窯として、三股地区に所在する2基の窯、三股古窯跡、三股青磁窯跡(三股)があげられます。三股地区では、青磁の原料である陶石を豊富に埋蔵している地区で、畑ノ原窯跡などの陶工達が磁器の本格的な生産を始めるために、この地へ移動したと考えられています。磁器を作るためには、やはり、その波佐見焼の原料が近くにあった方が便利でしょう。
平成9年(1997年)、三股青磁窯跡の発掘調査が行われ、大量の青磁が出土しています。青磁の釉薬は、水色に近い透き通った色合いを基調とし、器の表面に、草花の模様を流れるように彫り出した波佐見焼が多く見られます。また、牡丹や梅樹の形を貼り付けたシックな製品も作られていました。技術できには、肥前でトップレベルの青磁であったことは間違いありません。また、この窯で生産されたと考えられている青磁は、滋賀県彦根城家老屋敷跡、東京都汐留遺跡起龍野藩脇坂家屋敷跡、新潟県高田城跡、宮城県仙台城跡など、主に豊富な人々の住民跡から出土しており、当時、波佐見焼はかなりの高級品であったと思われます。磁器生産が始まりたかが20数年の後、今から約350年も昔に、波佐見では非常に優れた青磁を生産していたのでした。
4

海外輸出時代

咽口窯跡出土
咽口窯跡出土
海外輸出用の磁器碗・鉢を生産していた段階です。主に東南アジア方面に輸出されていました。また、1666年、大村藩は皿山役所(永尾)を設置し、波佐見窯業の管理・運営を行います。辺後ノ谷窯跡(皿山)、咽口窯跡(三股)、永尾高麗窯跡(永尾)が代表的な窯跡です。
5

大量生産時代

くらわんか碗
くらわんか碗
海外輸出をやめ、国内向けの安い日用食器(「くらわんか碗・皿」)を大量に生産していた段階です。これまで高価であった磁器製品を一般庶民が購入できるようにした点で、この段階の波佐見は重要な役割を果たしました。また、世界最大規模の永尾上登窯跡(永尾)をはじめ、巨大な登窯を築いて大量生産を行い、波佐見焼は全国至る所に製品を送り出していました。

波佐見町教育委員会提供
 
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